2007年9月14日金曜日

世界の石油埋蔵量

よそ様のブログで各国の石油の埋蔵量を大きさで表示した地図がありました。中東は圧倒的ですね。
それに比べて、イギリスは北海油田という良質の産油施設があるのにたいしたことないみたいです。またアメリカも埋蔵量はそんなでもないみたいです。

ところで第2次大戦前、日本は今と変わらず石油の輸入国でしたが、輸入もとの1位はアメリカで、6割ほど占めていました。フランス領インドシナ(今のベトナム)が続きます。中東は石油が出るなんて思われてもいませんでした。この辺、うろ覚えです。間違えてたらすいません。石油の輸入量の6割を占めるを占める国と戦争始めるなんて、狂気の沙汰です。開戦時の目論みは短期決戦・早期講和だったのもむべなるかな。戦争が長引くほど軍艦や戦車を動かし飛行機を飛ばす燃料がなくなるわけですから。まあそれほど当時の日本が追い詰められてしまったという傍証にはなるでしょうか。盧溝橋事件は日本軍のでっち上げという事になってますが、それも日本軍部が中国南京政権の度重なる無礼・不誠実さの積み重ねを見かねて起こしたものと解釈できます。イギリスとのアヘン戦争などに代表されるように当時は帝国主義が当たり前、大国のプライドというものが異様に高く、誇りを傷つけられれば断固として制裁を加えるのが当然でした。加えて日本租界で通州事件など居留民が数百人も殺されるような事態を起こされては日本の忍耐も限界だったでしょう。当時の満州も、満州人の居留地域で清朝政府も漢族に対しては禁足地として出入りを禁止していました。漢族からすれば外国であったからこそ日露両国が戦争の決戦場としても特に苦情は持ち込まれなかったのです。ソビエト連邦の成立以来共産主義勢力の極東アジアへの伸張を恐れた日本は清朝廃帝をして満州族の国を建国させて一刻も早くこの地を安定させたかったのです。そのためには第2の明治維新を満州に興して宣統帝溥儀のもと富国強兵政策を推進させ、国防を充実させた同盟国を満州の地に現出させなければ日本が共産勢力と直接対峙しなければならず、日露戦争前夜にロシアの侵略におびえたように今度はソビエト赤軍に怯えながら国家を維持しなければならなかったのです。中国大陸は共産勢力の八路軍が国民党政府と激しい内乱を起こし時たま日本租界で無法を働き、満州はいつソ連が南下してもおかしくない情勢で、他の東アジア諸国はことごとく欧米の植民地として独立しているのはわずかに日本とタイのみ。力こそ正義、弱いことが悪だった当事に頼れる同盟国が近隣にない状態では泣きたくもなるでしょう。そんな折に世界恐慌が起こり欧米諸国は植民地のブロック経済化を推進、恐慌のあおりを受けないよう植民地に工業製品を販売できる権利を激しく制限、日本など植民地をほとんど持たない国は他国の植民地に輸出して成立していた経済はほとんど全滅、アジア諸国が独立して欧米の影響力を排除してくれないとようやく工業国になった日本は倒産する寸前だったのです。ともに共産勢力と戦い、東アジアから欧米の勢力を駆逐する強力な同盟国が日本には必要で、無主の地・満州がかつての皇帝・宣統帝を中心に強力な国家を築いてくれなくては日本が倒産してしまう、そんな思いがあったからこそ東北地方のインフラ整備も半ば放棄して満州の地に重工業国家を作り上げるべく情熱と大金を注いだのです。短期間で強力な国家を作り上げるためには明治維新を成し遂げた日本人が官僚として先導し、欧米から学んだ知識を総動員して最低でも日本と同等の工業国を作り出さなければ生き残れないと日本は上から下まで誰もがそう考えていたのです。この想いは「満州は日本の生命線」というスローガンにも現れています。そんな思いで国家建設に入れ込んでいたところを中国と停戦し満州を放棄しろと国際連盟で迫られたのですから、欧米に嵌められたと怒り心頭も尤もです。自国の民間人を虐殺され蒋介石に責任を取らせなければ国のプライドは傷つけられたままでこれを放置すれば別な国から自国民を殺傷されるかも知れず、満州を手放せば共産勢力への防波堤・東アジアから欧米勢力を駆逐しなければ工業国として成り立たないしで、戦争しなくとも国が滅ぶ条件だけは充分に満たしてしまった日本が破れかぶれで太平洋戦争を始めてしまったのでしょう。また欧米からすればアジアの東の端に非欧米の大国があることが面白くもなく、黄禍論などを作り出し白人国家による世界支配の正当性を主張しました。アジア・アフリカの野蛮な未開人は欧米が植民地として保護を与え、正しく教導するのだからおとなしく従って居ろ、というわけです。日本としては短期決戦でアメリカの海上勢力、イギリスの東洋艦隊を太平洋に残らず叩き込み、圧倒的有利な立場で講和が成立すれば満州も存続させられ、東アジア・西太平洋地域から欧米勢力を駆逐すればフランス領インドシナの石油も輸入再開できるようになるかもしれないし、貿易量も復活か以前にも増した振興が図れるかもしれない、というとてつもない魅力があったのです。ただ惜しむらくはアメリカの毎月一隻空母を竣工させられるほどの工業力を見誤ったこと、講和の仲介役にソビエトを期待し、最悪はナチス・ドイツと同盟してしまった点にあるかもしれません。この一点を以って戦後60数年、いまだに勝手にアジアの代表面をする連中から謝罪しろ賠償しろと恫喝されているんですから。お前らが弱かったから俺たちは要らん苦労を背負い込んだんだよ。ヘタレの子孫の分際でえらそうなこと言うな!と言ってやりたいですね。現代の尺度で当事を推し量ってほしくないです。まあ、60数年、敗戦国がどういう扱いを受けるか身に沁みた頃合なんで、次こそ勝つ!と気合も入ります。核攻撃を2発も食らい、徹底的に戦闘に負けましたが、実利面では戦争目的を達成した気がしなくもありません。東アジアの国々は次々と独立してこの地域から欧米の影響力をだいぶ殺ぎ、満州・朝鮮という重荷を放り出し内政に専念し、経済活動を活発にし、反共防波堤の最前線をアメリカに肩代わりさせてしまうというウルトラCをなし得たのですから。

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