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2010年2月8日月曜日

もやしもんの作者・石川雅之の新刊・純潔のマリアを読んだ

いやーいいですね。
英仏百年戦争。
ラ・ピュセルの焚刑後なので百年戦争も終盤と言うところでしょうか。
13世紀だけど、主人公の魔女マリア、使い魔のアルテミス、プリアポスはバリバリのボンテージです。
かなり作者の趣味が入っていること間違いなし。
もやしもんでも院生のハセガワが白衣の下にボンテージ衣装と言うありえないスタイルで出てきますし。
 英仏両軍の軍勢の描写もものすごい書き込みです。当時はお仕着せの装備もほとんどなく、兵士が個人で軍装を整えるため鎧や武具もまちまちですが、きっちり書かれています。
もやしもんの巻末おまけ漫画では室町時代に起きた、文安の麹騒動に触れていますが室町様式の鎧まできっちり書かれています。
軍事マニアでもあるんですかね。しかしよく文安の麹騒動なんて事件知ってるなあ。

主人公のマリアは聖母の名を持ちながら教会から追われる本物の魔女。
その魔術で使い魔を使役して戦場を混乱させたり、異端審問で有罪とされた「偽物の魔女」たちを開放したりと奔放に振舞っていますが、あまりに暴れすぎたために天上の教会より大天使・ミカエルが差遣されてしまいます。
 マリアは醜い争いをとめるべく魔術を駆使してきたつもりが、ミカエルには
「それが人の営みであり、人の世の理を壊す魔女の存在を許しておく訳にはいかない」
と神による救済とマリアの目指していた世界をあっさり否定されてしまいます。
ミカエルの手により、いままさに断罪されようとした瞬間にかつてマリアの手にキスをして戦場へと戻っていった通信兵の青年(まだ名前は未登場)とマリアを慕う村娘のアンが止めに入り、通信兵の青年はマリアの敵が大天使ミカエルと知っても弓を引こうとします。
その願いが通じたのか天上より裁定が下り、マリアへの断罪は沙汰止みとなりますが、代わりにマリアの魔術には天上の教会より制限がつけられることとなりました。
衆人の目前で大魔術を駆使することの制限と、純潔を失った場合に魔力を奪うというものです。
ミカエルは監視役に普段は鳩の姿をとるエゼキエルを置いて天上へと戻っていったところで1巻は終了です。己の幸福と世界の幸福を天秤にかけさせられたマリアはどうなるのか。

これは2巻に期待せざるを得ませんが、2年くらい後になるんですかね。

2009年4月10日金曜日

もやしもん コミック購入

こないだ満喫で読んでみたら面白かったので、AMAZONでまとめ買いしてしまった「もやしもん」。
主人公は酒蔵に麹を卸す店の跡取。菌類を肉眼で見たり掴んだり出来る特異体質を持っていて、
入学した農大で発酵食品の世界に触れていく生活を読者が主人公の体質を通して菌たちのミクロでマクロな世界を垣間見る、といった風の構成です。
菌類という堅苦しいテーマながら研究室の先輩たちとのやりとりの描写の合間にたくみに解説が入り呼んでいて退屈さを感じません。
媚薬まで調合してしまう教授に、酒を密造しようとして失敗する男子の貧乏先輩、
白衣の下にはボンテージ衣装の美人研究員、同郷の幼馴染は一緒に同じ大学に進学してきたのに突然音信普通、再登場したらゴスロリ女装で突然主人公にキスしてきたりとか個性的な仲間と過ごす大学生活は次に何が起こるのか全く予想が付きません。
作者はどこでこれだけの教養を身につけてきた人なんですかね。巷には簡単な話を難しくしようとする人たちで溢れかえっていますので、難しい話を分かりやすく解説し漫画にまでする才能はもはや天才としか表現しようがないです。

ところで何気にコミックを積んでみたら、小口に謎の記号発見。


1巻はなし。
2巻、3巻は本文に登場する菌か。
4巻はアダムスキー型UFO…
5巻も本文で見た気がするな。
6巻、7巻にいたってはもうなんだか分からん。6巻は音符にも見える気がする。
正解を知っている人がいたらぜひ教えとくれやす。

2008年10月18日土曜日

虹色のトロツキー

安彦良和の「虹色のトロツキー」を大人買いして読みました。
最後までスタンスが変わらなくて良かった…

それほど氏の作品を読めてませんが、「安東」、「韃靼タイフーン」は僕的にハズレ。
「安東」はかの源義経に密かに匿われた遺児があり、伊勢三郎や武蔵坊弁慶と共に沿海州にまで落ち延びたあと出羽の安東氏に庇護されながら北条氏率いる鎌倉幕府に戦いを挑むというストーリー。
「韃靼タイフーン」は、ロシア革命に斃れたニコライ2世の娘で生存説がくすぶり続けた皇女と同じ名前を持つアナスタシアという少女が、現代ロシアの核ミサイルの発射ボタンと共に日本の函館へと亡命、天皇家よりも古い家系を誇りながらも裏側から日本の歴史を支え続けたという一族が少女を守りつつロシアのマッドサイエンティストと、事なかれ主義を押し通す日本政府と対決するというストーリー。
どちらも悲劇のヒーロー・ヒロインがもし生きていたら…という願望(妄想)をきっかけに痛快な冒険譚が楽しめるかと読み進めると、後半でそれまでの緻密で重厚なストーリー展開が放棄されたかのようにギャグ調へと変質し、当初の展開とはかけ離れたオチの付け方でバッサリ切り捨てられる終わり方をします。
なまじっか精密な描写と冒頭から中盤までのストーリー展開が息も付かせぬ見せ方で展開していくために、この変調には怒りすら覚えるものです。
あくまで個人的な感想なので好きな人がいたらごめんなさい。

一方、「ジャンヌ」は英仏百年戦争での仏の英雄・ジャンヌダルクを描きながらもジャンヌ処刑後のバロワ朝フランスの内乱を舞台とするかなり変わったストーリー展開で、ジャンヌに憧れ、その軌跡をたどる少女を主人公として、読者はこの主人公と一緒にジャンヌの歩いた道を追体験していきます。
こちらは最後の最後で史実とは別の展開となり、主人公に悲劇が再現されることなく清清しいエピローグを迎えることとなります。こちらは途中で変質することなく、雰囲気が維持されたまま終わるので僕の中での評価が高いです。

「虹色のトロツキー」は、成立直後の満州国で日本人を父親に、モンゴル人を母親に持つ青年が少年時代のある事件をきっかけに失われた記憶を取り戻し、なおかつ父母の死の真相に迫ろうとする旅を軸に、関東軍を代表するキラ星のごとき将軍たちや満州・中国で暗躍する怪人たちがめまぐるしく関わっていく壮大な物語となっています。こちらも冒頭の展開から最後までテンションを維持したままストーリーが進んでいくので面白かった、という感想につながっていきます。

最後は残念な終わり方になった作品もあるものの、最初から一気に引き込まれていく魅せ方のエネルギーはどれも凄まじく、安彦良和という人はアニメーターだけでなく、漫画家としてもまず間違いなく超一級のエンターテイナーであると僕は思います。

あと、男女問わずこの人の描く太ももはエロいと思います。

2007年12月31日月曜日

1ポンドの福音

なんか来年からドラマでやるみたいですね。テレビの番宣でチラッと見ました。
キャストとか今見てみましたが知ってる名前がほとんどいねーし。
あ、もたいまさこは理解できました。修院長さま役ですか。結構ぴったりかも。
異様に食い意地の張ったプロボクサーと、それを応援する見習いシスターのお話です。
食欲に抗いきれないがゆえに、何度も減量に失敗し試合に負けるプロボクサーが、大して信心もしてなかったくせに街で見かけた見習いシスターが可愛らしかったためにそれをネタに懺悔と称して通い詰めます。人生の後先など考えもしなかった「その日暮らしのスチャラカ野郎」がシスターに恋したことでボクシングと真剣に向き合うようになる成長物語でもあります。シスターは生涯独身のさだめ、この物語にハッピーエンドはあるのか?と思わせながら進んでいくためどうなるのか次が見たくてたまらなくなるものの、不定期連載のせいでなかなか話が進みませんでした。確か一年前に掲載が再開されて、一気にラストまで走りきりました。とても終わるとは思えなかったのでほっとしつつ満足もした完結の仕方です。
作中でのキリスト像やマリア像の扱いや、なんやかやでとある団体としか聞いてませんが、キリスト教の一部団体からクレームが来たとか。

ブログ炎上覚悟であえて言う!そんなものはただの紙に乗ったインクのしみなんだよ。お前らもともと偶像崇拝禁止なんだから、言ってることとやってることが正反対なんじゃねーのか?そんなんだからいまだに宗教の違いを超えられないで戦争してるんだよ。ウチの神様が侮辱された!って騒いでる場合じゃねーだろ。傍目にはただのクレーマーですよ、クレーマー。

この件に関しては一切、フォローしません。書いちゃったもののやっぱり炎上はいやだな。

2007年12月1日土曜日

植田まさしジェネレータ

設置先はこちら

これはすごいです。インド人もびっくり。植田まさしの作風を完全に再現してます。しかし植田まさしは天才ですよ。

日刊の連載を持っている
毎回面白い
全年齢対応
何十年も続くネタのストックがある
昔のものを読んでも面白い
オリジナルである

列記するとこんな感じですかね。

2007年11月4日日曜日

高効率を実現した日本の電動バイク『EV-X7』(wired vision)

原文はこちら
タイトルだけでいまいち食指が動かず未見でした。しかーし!
こっ・・・これはッ!!
まんま、大友克洋の「AKIRA」で大活躍、あの「金田のバイク」じゃないですか!!
かっくいぃー!でも色は赤にしてくれ!
デザイナーは絶対インスパイアしてますよね?
電動まではたどり着いたんで、あとはバックミラーの位置、ヘッドライトは内蔵で、乗降時にカウルごとハンドルが上下するギミック、両輪駆動、リバースギアありで完璧!・・・って、まだ結構ありますね。あと、動画を見るともうちょっとこう、前半分にボリュームがほしいなぁ。前輪もなんだかイメージより小さい気がするし。

いや、これは違うプロジェクトなんだし、そんないろいろ言っちゃいけないか。

2007年10月13日土曜日

エマ 9巻


先月発売だったのをようやく気付き、買って来ました。
あっと驚くような大事件ではなく、日常の中の些事やちょっとしたハプニングなどがヴィクトリア朝を舞台に描かれています。本編は7巻で終了、8巻からは主人公のエマ、ウィリアムを置いてけぼりにして他の登場人物の背景や裏話にまで及ぶ作者(女性)の妄想力が大爆発した精密な作品です。建物や服装なども細かく書かれているので19世紀イギリスの風俗への探究心を呼び起こすアカデミックな仕上がりになってると思います。とはいっても作者・森薫さんの基本スタンスはメイド萌えという男らしいこだわりが随所にあふれ出た逸品です。あとがきでも書かれていますが、バイクでもクルマでもなく自転車で全力疾走しているようなマンガという表現がぴったりだなあと思いました。

2007年10月9日火曜日

オバちゃんの恋?(電脳コイル)


本編があまりにもホラー風味で怖かったため、現実逃避してオバちゃんに逃げます。うわーん!

メガネを取りあげた際のハラケンの抗議を、むぎゅっとおっぱいで口封じ。
さすが電脳コイル唯一のセクスィー担当・平成の峰不二子ですがNHKでもこういうの放送できるんすね。
ベッドにハラケンを突き飛ばした後はオバちゃんがライダースーツのジッパーを下ろすか、のしかかるのかと思って、僕もテレビの前で正座しながらあわててシャツを脱いでました!!!!!!

・・・えー、オホン、取り乱しました・・・

ところで、17話の「うそつき・・・」「カンナは死んだのよ」、
18話の「カンナは死んだのよ」「死人なんかにあなたを渡してなるもんですか」、

・・・オバちゃん、これって・・・
まるで、男女の睦言みたいではないですか・・・
相手が甥とはいえ、ライバルが死人とは、原川玉子さん(17)にとって、これは非常に分の悪い戦いです。
めぞん一刻でも「死人は無敵だ。響子さんの中で惣一郎さんの良い思い出だけが増殖していく」と五代君が音を上げています。
そう、死んだ恋人・伴侶のことを思い出すときは、いい思い出ばかり、悪い思い出も美化されて故人への想いは募る一方です。
後追い自殺というのはこういうところから起るのかもしれません。
死んだ故人には、心の奥底、もっと深いところに沈んでくれるまで待つしかないのかもしれません。
後ろを振り返るのをやめ、前を向いて生きていくようになるまでは生きた人間では相手になりません。
夏目漱石の「こころ」の前編中編の「先生」ないし後編の「私」も、自分が抜け駆けして下宿の「お嬢さん」と結ばれるも同宿の親友「K」を結果として裏切り、また「K」をして自殺に追い込む遠因を造ってしまったと終生それを苦にして生きてきたものの死んだ親友の影はあまりに大きく、自分が原因となってしまったと思い込んできた「先生」にはエゴイズムや裏切りの結果の罪悪感、そしてなにより現在の幸福な生活は「K」を自殺に追い込んだからこそ得られたものだという「K」への申し訳のなさから心を押しつぶされ、自ら命を絶ってしまいます。
全くの他人ならいざ知らず、自分が下宿を紹介し、「お嬢さん」に引き合わせてしまい、結果「K」と「お嬢さん」の間柄にいらぬ嫉妬心を燃やし「お嬢さん」の母である下宿屋の未亡人に抜け駆けで掛け合ってしまい、
「よござんす、差し上げましょう。」
と本人不在のまま結婚の約束を取り付けてしまったことも、
「お嬢さん」や「K」に一言断るなどしてからのほうが多少はましだったかもしれません。
そして「K」は「向上心のないものはばかだ。」と遺言を残し頚動脈を掻っ切り、5部刈りの冷たく重い頭を畳に転がして果てていたのです。この事件は「私」の心に重い首かせをはめ続け、ついに「私」は「K」の存在を振り払えずに、幸せな生活もかなぐり捨てて自分なりの「K」への贖罪を実行してしまったのです。

しかし、カンナに勝ったとしても、次には法律の壁が待っていますね。これはどうあがいても乗り越えられるものではありません。いや、ハラケンのお父さんと、オバちゃんの兄弟間に血のつながりがない、という可能性もあります。ハラケンから見ておじいちゃん、おばあちゃんがそれぞれ連れ子がいての再婚という、後のエロゲに多大な影響を与えたあだち充のみゆきという作例もあります。親はなんだかんだの理由付けで海外を飛び回り家にいないが生活費は振り込んでいてくれるという超都合のいい設定も重宝されてます。そして、血のつながらない妹は学業優秀、運動神経抜群、眉目秀麗、小さいころにライオンの檻に入ってしまったところを身を挺して助けられてからずっとお兄ちゃんラブで過激なビキニや室内専用の超ミニスカートなどでお兄ちゃんを日ごろから挑発します。そう、血がつながってないならばお兄ちゃんは他の女に取られたけど、ケンちゃんはあたしのもの!光源氏みたいにあたし好みのオトコに育てるわ!と鼻息が荒くなってるのかもしれません。
現在の17歳と12歳ではちょっと犯罪的ですが、例えば28歳と23歳、これならありですよね?
まあ血がつながってたとしても、「結婚は出来ないけど恋人にはなれるわ」とは誰が言った言葉でしたかね。

2007年8月23日木曜日

神奈川県指定有害図書(ユリア100式)


アマゾンで大人買い!してしまいました。下ネタとプロレスネタ、ラブコメといろいろ詰め込まれてます。普段下ネタ系の本て読まないんですけど、この漫画とはビビビッと波長がシンクロしました。久しぶりに声出して笑った漫画です。飲食しながらの鑑賞は厳禁です。本が汚れるか、笑った拍子にとんでもないところに食いもん・飲みもんが詰まるかもしれません。
神奈川県にお住まいの18歳未満の方は購入できないんで気をつけてください。18歳以上でもある意味有害な気がしますけど。

2007年7月27日金曜日

めぞん一刻


ちょっと前にも伊東美咲さん主演でドラマやってましたね。見てないけど。
今読み返しても面白いめぞん一刻ですが、上越新幹線が大宮発着だったり、三鷹さんの車がシルビアだったり、響子さんのスカートの丈が2007年と比較して長いんじゃないかとか、風俗的には古さを感じますが、なにより携帯電話が当時はなかったことも大きいかも知れないですね。まあ携帯があったら、すれ違いから話が盛り上がるこのドラマ自体成立しないでしょうけど、その辺は五代君が余りにも貧乏、という設定もあるんで気にしたら負けかなと思う。しかし高橋留美子さんの偉い所は、「ギャグに時事ネタを使わない」という基本姿勢にあると思います。これのおかげで、今読み返しても、小学生の甥っ子どもが読んでも、面白いんです。時事ネタやパロディでは、年月が経つとギャグがギャグにならないんですよ。言っている事が判らない、なぜそこでそんなリアクションをしているのか判らない、そのときの時代背景や流行を知らないと面白くないんでは長く読み継がれる名作にはなり得ません。このめぞん一刻をはじめ、うる星やつらなど多くの作品が海外でも出版され世界一有名な日本の漫画家、との声もあるようです。時事ネタ・下ネタ・パロディだけではこれだけ世界に普及しません。扱う内容が普遍的であるからこその快挙ではないでしょうか。最近は絵柄が古いとか人物の性格が古風とか言われ、試行錯誤されているようなのですが、めぞん一刻の頃の画風に戻ってもいいんじゃないかと古いファンは思います。
ところで、最近発売されていためぞん一刻の廉価版で応募者全員サービスで響子さんのピヨピヨエプロンがあったようなのですが、画像を探したら、

何じゃこりゃあああああ!ひよこがピンク色じゃねえか!

オリジナル14巻の表紙はたしかにピンク色のひよこですが、
イラストのとおり、黄色しか認めません!カラーひよこ反対!
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